都市の空にパラダイスをつくる

  洋の東西、時代の新旧にかかわらず、「庭園」は「楽園」を求める願望の表象であった。無機的な風景に囲まれ、ストレスの多い現代都市においては、一層その意味するところは大きいといえよう。道路とコンクリート造りのビルで埋めつくされた都市空間において、屋上は楽園としての庭園を造ることのできる貴重なスペースであると同時に、緑化による都市環境づくりに貢献しうる場所でもある。 

  アキオビルは14年前に竣工した8階建てのテナントビルである。最上階がオーナーの住まいで、その屋上空間を庭園として改修することになった。周囲をビルに囲まれ、エレベーター塔屋、トップライト、設備機器類が設置され、鉢植えのプランツが並んでいる。この屋上空間を「庭園」に仕立てるには、まず周囲の乱雑な風景から空間を囲い込む必要があった。防風を兼ねたフェンスと常緑樹の列植および雑木類によって庭園の空間を囲い取る。その面積約72㎡、直線距離で13mの空間を三つのゾーンに分けることとした。

  塔屋から庭園への出入口まわりの<前庭>は睡蓮鉢をポイントに据えて、濡れ縁風のデッキと和風の植栽で構成。<主庭>はウッドデッキと芝生で広がりをもたせ、ナンキンハゼを主木に、アラカシ、エゴノキ、ヤマボウシ、灌木類で林をイメージさせる空間とした。ラベンダー、クチナシなどのブルー系と白系を基調とした花木・草本類がさわやかな彩りを添え、列植されたローズマリーの清涼な香りが漂う。<前庭>と<主庭>をつなぐ<アプローチ>のゾーンは、2つのガーデンとそれに挟まれたレンガブリック敷のペイブメントからなる細長い空間。ペイブメントを挟んだ北側にはオーナーが好きな草花を植えられるよう、客土のみとしたコテージガーデンをつくり、南側には料理に使えるハーブ類を植え込んだキッチンガーデンをつくった。またアプローチ中央には、ツルバラのゲートを設け、遠近感と立体感を演出した。庭のペイブメントは伊勢砂利、コンクリート平板、レンガブリック、飛び石、そして芝生へと変化し、歩行による視点の移動によって異なる景を綴ってゆく。この庭は、和洋混在の様々な庭園イメージがコラージュのように重ね合わされ、つなぎ合わされて、全体として一つに構成されている。                  

  屋上庭園を完成させるまでには、解決しなければならない、いくつかの技術的課題があった。まずは重量の問題。設計積載荷重に対して、土、樹木、舗装材、そのほかを合計すると相当の重量になるので、さまざまな工夫で軽量化を図ることとした。コンクリートブロック1段分の深さ(約20㎝)を標準として軽量人工土壌で植栽基盤をつくり、植枡縁や舗装材の厚さは最小寸法に。梁の位置、トップライト吹抜開口部、片持スラブ等の建築構造を読みとりながら、荷重バランスを考慮して各々の配置デザインが決定された。

  次に厄介だったのが水の扱いである。まず植物に必要な灌水については、客土中へのパイピングと灌水装置によって適量が供給されるようにした。雨水や灌水によって流れ出す不必要な水については、植栽部の排水層に厚さ2㎝の成型透水マットを使用し、さらに植枡縁の要所に水抜き穴を設け、排水不良で根腐れなど生じないようにした。

  周囲に遮蔽物のない8階建てビルの屋上は、予想以上に風が強い。そこでパラペットの立ち上がりが低い部分には、高さ1.8mの防風フェンスを設置。メンテナンスと耐風強度を考慮して、鉄骨亜鉛メッキ処理のフレームに樹脂製ラチスをボルトで固定した。鉄骨支柱の固定も防水層保護のため、屋上面へは絶縁材を介して基礎を載せるのみとし、パラペットへのケミカルアンカー打ち込みによって耐力をもたせる方法をとった。樹木の植栽には溶接金網を敷き込み、これに根鉢と支柱をしばりつけて固定した。つまり建物本体への固定はいっさい行わず、樹木どうしをつないで一体化させ、全体でもたせるという発想である。人工土壌の表面はグランドカバー類やマルチング材で覆い、風による土壌の飛散を防いだ。

  屋上庭園に植栽する樹木は、移植が容易で、管理に手がかからず、またあまり大きくなり過ぎず、風や乾燥に耐え、花が咲いて実が成ってくれるようなものが理想的だが、そんな都合の良い樹木はそうあるものではない。そこで、決定的な弱点がないものから選んで適所に植え、なるべく手をかけてやることにした。

  資材の搬入も大きな課題であった。舗装材や建材、人工土壌や樹木などの資材を地上24mの高さまで運び上げるのに25トンのクレーンを使用した。道路使用許可の制限で作業は夜間。工程と置き場スペースの関係で三度に分けて行った。

  こうして造られた屋上庭園で緑に囲まれ、芝生に寝ころんで流れる雲を見ていると、心身ともに開放され、癒されてゆく。花壇にはオーナーが育てた花々が咲きあふれ、小さな虫たちも生息しはじめた。まさにここは「屋上のパラダイス」と呼ぶにふさわしい“生命の場”になったといえるかもしれない。