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数寄屋の精神 [2017/07/30 08:06]
mmp 作成
数寄屋の精神 [2017/09/02 11:18] (現在)
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-数寄屋の精神 +**数寄屋の精神** 
-Published by stezo+
  数寄屋には二つの意味がある。一つは茶の湯のための建物。他の一つは茶室建築の手法で作られた建物である。いわゆる草案の茶室は前者であり、数寄屋造りと称せられる建物は後者である。前者に於いては、その「精神」が問題とされ、後者に於いては、その「手法」が関心事となる。私がここで問題にするのは前者であり、その哲学である。それでは、この「数寄屋の精神」とは何か。いささか文学的表現になるが、「母なる自然と父なる無常から生まれ、用の美に捧げられた、自由なる作意」と言えるのではないかと思う。  数寄屋には二つの意味がある。一つは茶の湯のための建物。他の一つは茶室建築の手法で作られた建物である。いわゆる草案の茶室は前者であり、数寄屋造りと称せられる建物は後者である。前者に於いては、その「精神」が問題とされ、後者に於いては、その「手法」が関心事となる。私がここで問題にするのは前者であり、その哲学である。それでは、この「数寄屋の精神」とは何か。いささか文学的表現になるが、「母なる自然と父なる無常から生まれ、用の美に捧げられた、自由なる作意」と言えるのではないかと思う。
 数寄屋は<自然>の素材を用いて造られる。木材をはじめ、竹、草、土、石など多種多彩な材料で構成されている。そして、それらの素材が本来具えている性質や美しさが素直に活かされているのである。そこには、自然と建築との調和があると言える。この「自然に親しむ」という精神は日本文化の特徴の一つであり、数寄屋に限ったことではない。例えば刺身。生魚を切っただけの刺身は正に自然の素材であり、ワサビと醤油はこの素材の味を更に引き立ててくれる。「自然」とはいっても、しかし、「自然そのもの」ではない。料理されていない生魚を食べても美味でないように、山から伐り出した丸太をそのまま用いたりしたら見られたものではない。そこには素材の美を引き出すための細心の注意と加工が必要なのである。草庵茶室の「草」は「真・行・草」の「草」であり、これは「理想化された自然」への回帰なのである。 数寄屋は<自然>の素材を用いて造られる。木材をはじめ、竹、草、土、石など多種多彩な材料で構成されている。そして、それらの素材が本来具えている性質や美しさが素直に活かされているのである。そこには、自然と建築との調和があると言える。この「自然に親しむ」という精神は日本文化の特徴の一つであり、数寄屋に限ったことではない。例えば刺身。生魚を切っただけの刺身は正に自然の素材であり、ワサビと醤油はこの素材の味を更に引き立ててくれる。「自然」とはいっても、しかし、「自然そのもの」ではない。料理されていない生魚を食べても美味でないように、山から伐り出した丸太をそのまま用いたりしたら見られたものではない。そこには素材の美を引き出すための細心の注意と加工が必要なのである。草庵茶室の「草」は「真・行・草」の「草」であり、これは「理想化された自然」への回帰なのである。